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トミー・セイヤー

ブラックアンドブルーは好きなバンドでよく聴いた。ギターは2人いたが共にテクニカルプレイヤーではなかったのでヤングギターで取り上げられる機会も少なかったような気がします。曲も悪くなかったしプロデューサーにも恵まれたがバンドが目指す方向とゲフィンのジョン・カロドナーの戦略がかみ合わず4枚のアルバムを発表するも中途半端な結果となってしまった。本当に残念。

「IN HEAT」見当たらず画像なし。で、3枚目の「NASTY NASTY」と4枚目の「IN HEAT」のプロデュースはキッスのジーン・シモンズなんですよ。この頃からトミーは気に入られていたのだと思います。ブラックアンドブルーはその後、解散してしまうのですが89年発売キッスのアルバム「HOT IN THE SHADE」に2曲ジーンとの共作でクレジットされています。翌年の90年にはDOROのアルバムにもジーンがプロデューサーとして、トミーがギターで参加、ジーンとの共作で1曲提供しています。その後も師弟関係が続いていきます。トミーは嬉しかったでしょうね。大のキッスファンだったし、92年にはキッスのトリビュートバンド・COLD GINにて来日、ライブも行っています。実は大阪公演観に行きました。ALIVE! 再現ライブな内容でパトライトも回っていたし本人達も楽しそうだったのを覚えています。確かドラムはジェイミーST.ジェイムズだった気が(元々ドラマーだったと記憶)します。

一つよくわからないのが94年にSHAKE THE FAITHに参加して「AMERICA THE VIOLENT」なるアルバムを発表します。かなりパンキッシュなサウンドでこんな1面もあるのかと意表を突かれました。その後トミーはキッスとの関係を深めてゆき「KISSTORY」の編集に携わったり、リユニオンツアーのツアーマネージャーを務めたりと信頼を重ね、ついに正式メンバーへと昇り詰めるんです。それからの活躍は周知の通りです。エピフォンからシグネチャー・モデルも出て凄いですよね。ほんでもってあんた何が言いたいんだ?と思われますが、これって大好きなものをコピーして、し尽したら本物になってしまったクリカンと同じじゃないですか。という事で「トミー・セイヤーはハードロック界のクリカンやぁ~」と言いたかったんですよ。あ~すっきりした。予備知識:栗田貫一の方が2歳年上です。

若きトミーと少年時代にコピーしまくったであろう曲をスペースマンになって弾くトミー。レスポール一筋、真面目そうな人柄が憎めないよね。